同窓会とランチクルージングと殺人事件

今回のタイトルは衝撃的?ではないですか?

これは事実です。何が?

いやいや殺人がです。

私はこの事件現場を直前に通ったのです。

この場所は、姫路市的形町。車一台がやっと通れる民家の密集地。

私は、この町にある的形ヨットハーバーに行ったのが朝、9時7分。

その時。この家の前の細い路地を通って、その先にある的形ヨットハーバーに向かいました。

当日は、ランチクルージングで家島群島にヨットで出かける事になっていました。

岡山から車を走らせ、iPhoneのアプリ、ナビの言う通りの道案内で、迷う事なく現地に、ナビの予測した時間通りに到着。

 

その時は、いつも通り、のどかな住宅街でした。

ヨットのオーナーと他のメンバーは大阪から電車で来ます。出港は10時。

早く着いた私は、ヨットハーバーの横の山に登って、写真など撮って時間つぶしをしていました。

その小山の道標に、”行基の鼻”と書いてありました。時間の関係でそこまではたどり着けていません。

的形は行基所縁の地と言う所らしいのです。

そして、皆さんが到着して、出港。今回の目標は、以前にも行った事のある家島諸島、男鹿島青井の浜。

ここで生簀から自分ですくった魚をその場で裁いてもらって食すると言う、真昼の宴会。

ところが、霞かかった晴天なれど、真向かいの強風。波高し。なかなか到着出来ない。

帰りの事を考えたら、作戦上の後退。男鹿島を目前にUターン。

 

帰港して、皆さんの弁当を買いに、朝来た住宅密集地をくねくね走らせていたら、交通どめ。

交通事故?と、迂回して、買い出しに。

しかし、よく考えると、その路地には規制線が張られていた。

あれは、サスペンスドラマでよくみる、事件現場の黄色いテープ。

もしや事件?港に帰って、皆さんに、近所で殺人事件あったみたいですよ。と、冗談言ってたら、そのうちに、上空が騒がしくなって来ました。取材ヘリが旋回し始めたのです。

ええ、これはほんまに殺人事件?

早速、ネットで検索してみたら「的形で殺人事件?」と言う、一般の人のブログがアップされていました。

それから、徐々に「男が、母親を刺したと通報」との記事。

そして、全貌が見えてきました「息子が母親を殺したと、自ら通報」の記事の見出しとなったのです。

その辺りではほとんど人影を見ない、住宅街ですが、その頃になると家々の角に人がたむろして、事件の話を噂していたのだと思います。

 

私たちが、その近所でヨットに乗っている頃。事件現場の家の中では、母子のいざこざがあり、息子が凶行に及んだと言う、ショッキングなストーリーが展開していたのです。

息子が母親を殺すと言う事件は、たまによく聞きます。娘が母を殺すと言うより多いかも?
この40代の息子に何があったのか?70代の母親を殺す動機はなんなのか?またテレビのコメンテーターが様々にコメントする事でしょう。
ところで、今年に入って各地で殺人事件が発生しています。
長崎市三景台町で殺人未遂。東京都稲城市押立で殺人未遂。足立区無理心中。長野市桐原で殺人未遂。姫路市で殺人未遂。大阪西成区で殺人未遂。高槻市明野町で殺人事件。栃木県足利市で殺人事件。香川県藤沢市で殺人事件。熊本県河口町で殺人未遂。青森県弘前市で殺人未遂。福山市で殺人事件。福島県いわき市で殺人未遂。美濃加茂市で殺人事件。仙台市宮城野区で殺人未遂。大分市で殺人未遂事件。今日も何処かで殺人事件のニュース。
3億8千万円強奪事件が何回も大きく報道されていますが、殺人事件、未遂事件は多過ぎて一回報道されたらお終い。と言ったニュースソースの様です。
他殺による死亡者数の推移を見てみると。1955年をピークに近年はかなり減っている様です。それに引き換え、自殺者が増えています。またそれに比例して失業者の数が推移しています。その数は2000年をピークに、これも2015年はかなり減っています。
これだけ、ほぼ毎日の様に殺人事件が報道されるのは、それが珍しいからと言う見解もある様です。
そんなわけで?と言っても、まったく殺人事件とは関係無いですが、この度のランチクルージングは、強風波浪注意報の海でのヨットクルージングでした。連休のクルージングのための、今年初の慣らし航海。二箇所の不具合が見つかって調整。と言った、試運転でした。
前日は、高校の同窓会。50年ぶりの再会で、集まったのは10人。
温泉旅館の宴会場。不参加13人。亡くなった者5人。返信無し数名。
経営者、社長業も結構おりました。そしてそれなりに大手企業を勤め上げ、悠々自適。それぞれに頑張ってきたようです。関西に居る同級生も何人かいるようで、会いに行ってみたいと思います。不参加の13人は現役で、平日の同窓会で参加出来なかったようでした。
小学校の同窓会は2年前にありましたが、あまりにもの変わりように、笑ってしまうほどでしたが、さすがに高校となると、50年ぶりとは言え、お互いジジイになってはいても、18歳の顔からは思い出させる程度の老人度でした。
たった、10人の同窓会でしたが、一人一人50年の人生を語る時間を持てた事は、大変良かった。
次回は私が幹事を務める事で5年後の同窓会を約束して、解散。
参加メンバーは皆地元。私と医療技師の平井君だけが、関西からの参加。2人で晩酌しながら友好を温めました。
地元で農機具屋を経営する、山本君のところに寄ったら、こんんど田舎に引越して、小さな畑をするので、耕耘機が欲しいと思っていた事を思い出して、ちょうどいい大きさの耕耘機が半額と言う事で、買いました。
この耕耘機はカセットボンベで動くので、メンテが簡単そう。
へええ、カセットボンベで動くんや!と、畑やる気まんまんの私です。
来年からは自給自足で創作活動です。
ええまた7000万円強奪事件?!今、ニュースでやっています。
今度は東京銀座です。
これは、大規模な計画的強盗事件に発展するのでは?と、懸念の思いが高まる今日この頃。
日本はまさに黄金の国。巨額の現金を無防備に持ち運ぶ人が居る。世界から狙われているかも知れない。
以前、とある韓国人本人から聞いた実話。母国に現金を持って帰って、銀行に預けたら、低金利の日本より、韓国の銀行ははるかに金利が高いのだそうです。ええそうなん、僕のも頼むはとは言ったものの、それって合法?
都会の人ごみが危険
危険と言えば
ミサイルが降って来るかも知れない
南海トラフも忘れてはならない
海から空から
陸上では強盗やら殺人
陸海空戦々恐々

目に見えない負担

「何で?あれだけ食べ物に気をつけていたのに?」

友人からも言われるほど、食べ物に気を使って、いたのに。と、言うのは、昨年までの事で、気づけばあっと言うまに、三ヶ月が過ぎ四月。この間何をしていたのか?本当にあっと言う間の三ヶ月。

 

妻の癌が発覚した平成3年。私も生まれて初めて人間ドッグに入って、数年経って?検査報告書をみたら血糖値が120。要治療。となっていた事に気づきました。そのまま、妻のこととか、子供のことなどあって、バタバタと過ごし、平成13年にもう一度検査に行ったら、血糖値130でした。その頃から蕎麦屋の準備で日本中を食べ歩いて、平成14年4月7日に蕎麦屋開業。

この辺りもどさくさで、バタバタと普通に過ごし。それから60歳を過ぎた頃、腫瘍マーカーN検査で陽性という事で、Nとは何かという事を、病気の事ではいつもお世話になっている、Oちゃんに聞いてみたのですが、Nは分からない。他の肝臓や胃などの腫瘍マーカーには異常は無く、Nと言う記号だけが異常を示していました。

あとで分かった事ですが、腫瘍マーカーNとは医療検査会社だけが調べる腫瘍マーカーである事が分かって、再検査で調べたら、数値は横ばいで陽性。このまま様子を見ましょうという事で、その後数回、区民健康診断で検査クリニックで調べて問題となっていませんが、そのNマーカーをきっかけに、Oちゃんのところで、血糖値の高い部分を診てもらうようになったのです。その時で数値は120。

私は、42歳頃から、血糖値120だったのです。なので、糖尿病と言われてもピンとこない。

そう言えば、42歳の頃に10キロ痩せろと言われて、毎日そばを食べて、三ヶ月で9キロ痩せました。

その頃は、そば打ちのその字も関わっていない時でしたが、うどんよりそばで、どうせならそばの方が良いと、漠然とそば派でした。

外食と、飲酒の毎日でしたが、焼酎に変えて、食べ物もあっさりしたものに意識して、9キロ痩せたのですが、やればできると思った瞬間またリバウンドで、元に戻ってしまいました。

そして、約10年後の51歳の時の血糖値は130でした。その頃から蕎麦屋を初めて、毎日そばを食べて約10年後の60歳の時、血糖値120だったと思います。だいたい120で推移していた血糖値でしたが、自分では全然糖尿病の自覚はなく、食べ物はそれとなく気をつけて、かと言って神経質にはこだわっていませんでした。そして、蕎麦屋を休業して、ちょうど一年目の昨年の暮れ140になっていました。その頃は引っ越し先探しで、奔走して居る頃で、頭は家探しでいっぱいだったのです。

それまでと同じで、何とか食事療法でと思っていたのですが、いつの間にか、あれだけ気をつけてこだわって、十五穀米を食べたり、野菜にこだわって、このブログにも、食事の写真をアップして、食事制限をしていたのです。

ところが、それが今年に入って、正月三日の日に理想の家が見つかり、気持ちは全く血糖値から離れて、とりあえず食っておこうと言う、全くこだわらない外食や、まあちょっとの間だからと、思っていたら、つい先日気づいたのです。えっもう4月。

そこで、あれ、血糖値はどうなった?かと、血糖値に意識が戻って、ちょうど同じくして、先日のモンドール病。

そのことで、Oちゃんに相談の電話。そしてこの際血糖値検査を受けておこうと、予約を取ってもらうようにお願いをしたら、かかりつけの先生は予約でいっぱいとのこと。いや、やっぱり待てない。急に気になり始めて、無理を言って、待ち時間は厭わないから、次の週には是非診てもらいたいとお願いをして、検診に行ったら、最悪の結果だったというわけなのです。

もし、Oちゃんと言う存在がいなかったら、病院との関わりは全くなく、完全にアウトになって居たかも知れない。

今の状況では、まさかここまでとはと、楽観はできないと思っています。

今のままの生活環境の不規則な食生活では、今までみたいに完璧?に自分で自炊を続ける事は無理な状況。よくよく考えて、この際、入院した方がいいのではと考えて、Oちゃんに入院させてもらえないかと相談してみたのですが、一週間の指導入院は食事の指導でそんなに意味がないとのこと、自分でとにかく野菜を食べる事。その辺で売って居る野菜のサラダでも何でも食べる事。と言う事でした。私は、今まで、刻まれて商品化されたサラダには抵抗があり食べた事が無い。

そして今、野菜をいろいろ買って、少しづつ入れて、ニンニクと黒酢とポン酢でドレッシングを作り、三度三度山盛りサラダ。明日からまた移動で、このペースを維持できるか?思案中。(先日ここまで書いて出かけてしまいました)

 

正月に見つかった家は、先住者が6月までまだ住んで居るので、それまでは、家の引越しができない。

毎日がどさくさの毎日が続いて居ます。蕎麦屋をして居た、一昨年までは、まあ?規則正しく、三度三度自炊をして、ここで健康レシピなども紹介して居た頃は良かったのですが、岡山に引越し、引越し荷物もそのままに、家探しで奔走始めた頃から、食生活は本当に乱れて、その上不規則で、今思えば、とんでもなく同じ外食。少しの間だから、まあいいか。それがいつの間にか、三ヶ月が過ぎ4月となって居たのです。

家が決まってからは、これからの事や、ここでも書きましたが、この先必要な老後の資金や、これからの蕎麦屋の事や。今度引っ越していく先のこと。いろいろ思いを巡らせて居ます。

今年に入って、いろいろな手続きや、雑用が1月いっぱいでだいたい終わって、ホッとして、やっとまった空白の時間、と言う事で、急に九州旅行に出かけて、解放されて、初日に呉で飲んだ酒が祟って、最後まで酒を飲むこともなく、と言うより、飲めなくなったと言う事でした。なので、10日間ほとんど酒抜きの旅でした〜幸いなことに?

昨年の7月30日の、大阪最後の日に、大阪お別れ飲み歩きでハシゴをした結果。ちょっと油断して、追い剥ぎ被害にあって、その後は次長課長でほとんど酒は控えて、飲み会以外はほとんど、酒に飲まれるほど飲むこともなく。ただ、不規則な生活と食生活が今回の大きな要因であると考えます。

大まかに、振り返ってみると、大阪で蕎麦屋をやめて、岡山に引っ越した事は問題なく、また同じような食生活を続ければ何の問題もないわけで、血糖値の維持はできたのですが、今回の立ち退き騒動で、以前から分かっていた事ではあるのですが、思ってた以上に全てが狂った事は確かです。生活の乱れの原因は全て、立ち退き問題。

 

計画としては、一昨年、店のことで裁判(いわれなき裁判で被告として勝訴)があり、この事は(結構面白いためになるお話)いずれ詳しく書きますが、その事で、昨年7月に大阪から岡山に引越しをして、6月?の段階では、役所から、とりあえず引っ越しはして来てください。それから査定します。そして8月には補償額を出します。と言う事でしたが、先方の都合でその後何の音沙汰なし。

私は、7月に引っ越して来て、8月に補償額が示されて、即、次の行動に移れると計画して居たのですが、約束の8月26日の交渉日になっても、何の音沙汰もないので、9月に入って、早くしてもらわないと次に動く算段ができないと、こちらから電話を入れてせっついたのです。先方の言い分は、担当者が変わった。下請け業者の落札が遅れて決まって居ない。との事でした。

それならそれで、約束の日に連絡してくるなのが筋でしょ。と、その辺から不信感。

以前の話では、今年の3月が立ち退きのリミットと言っていたのにもかかわらず、役所の都合で、一年伸びて来年の3月となったのです。

私は勢いに乗って、ポンポンと昨年で話が終わって、今年3月には、新たな生活が始まるはずだったのです。

お役所のペースに合わせて居たら、全く動きが取れない。とにかく、ここへは必然的に来たので、わざわざ立ち退きのために来たわけではなく。ここで新たに蕎麦屋を開業するために帰って来たわけで、この元凶はパートナーとの共同経営ですが。

まあ、そろそろ田舎暮らしもいいかなと、まあそんなわけで、ここへ来たので、立ち退きは困るわけです。それならそれで、早くしてほしい。と言う事で、次に探すにしても、どのくらいの補償額が出るのか?分からないと動きようがない。

それで、せっついて出してもらい、それから、家探しが始まったと言うわけで、お役所仕事は国民には期限期限とシビヤな要求をするが、約束の日に連絡して来たことがない。その辺から私は不信感を抱くようになった。

今の現状は、ストレスや生活の不規則や不安定。そして私の人生のブランクです。それに対する補償は一切ありません。と言うことです。その上、67歳から68歳と言う微妙な歳。昨年から今年にかけて、老後の事や体力のことが、具体的に気になる歳となったことを改めて、このブランク状態の中で、考えてしまうのです。今回の腰痛も老人ごころくじける要因でもありました。

新たなところで、また立ち上がれるのか?そんなこんなを模索をして居たら、あっと言う間に、血糖値の事も忘れて三ヶ月。

言ってみれば、すぐにでも暖簾さえかければ始まったここ(九蟠)での蕎麦屋。勢いでできたはずでしたが、だんだん気分も萎えて、体力も次の引越しで、だいぶ衰退すると思います。

そう言った、私たちの負担の上に新たな道はできるのです。かと言って、そ負担に対する補償は、それに見合っているかどうかはわかりません。お役所は数字だけで判断しますから。心情や心労と言った類の補償は一切しませんと言われました。

 

まあこの事は、全てが終わって、精査して書きたいと思います。

ただ、このどさくさで、自由な時間のある、今のうちに色々やっておこうと、私の不注意ではありますが、移動移動の不規則生活から体調にも影響があった。と言う事です。平坦な流れであれば余分なことを考える暇も負担もないのです。

人間は決められた通りに動くロボットではないのですから、そう言ったことに慣れて居ない人間には、かなりの負担になります。

私は、昔から、ストレスを感じないと、ここでよく言いますが、そのストレスも気持ちでは感じないように訓練(ある意味幼い頃からの)して居ても、体は反応する。です。昨年から今年にかけて、生まれて初めて、強情な便秘に悩まされたこと書きました。

神経は太いのですが、体は繊細?なのかも。今回の血糖値は食生活の乱れです。酒が原因と言うほど飲んでないのと、以前はもっと飲んでもこれほど数値は上げっていません。まさかあの風邪騒動?の医者が変な薬を体内に入れた?紫色の不気味な液体でした。

 

まあ、どちらにしても立な糖尿病。食生活です。最近はそばが打てないので、そばも食べていないし、そばには糖尿病予防にはやっぱりいいのです。私の今までの全ての日常は崩壊状態です。

最近、急に老化が進んだ?気がする今日この頃です。それにこのブログ、愚痴が多くなったような?

 

まあ

人生は思うようにはならないと達観はしているのですが

それにしても自分の人生の砦は守りきれない

生きて後10年?

えっ10年も〜?〜じゃあ5年?

イヤイヤ

私の周りの諸先輩方を拝見していますと

お元気!お元気!

 


あっという間に4月も半ば

えっなに?もうこんな、今年も、3分の1を過ぎようとしている。

若い時に、思っていました。人間は死に向かって爆進してると。なので8時間も寝たら、人生の3分の1寝てしまうので勿体ない。

 

立てよ歩めよ、大きくなれ、知識を詰め込め詰め込め、立派になれ、出世しろ金を儲けろ。人は皆生き急ぎ。

上り詰めて人生を見失ったり、つまづいたり転んだり。転んで立ち上がれないまま人生を終えたり。

どれが正しくて、どれが正しくないとか、全く関係なく、みんな死んでゆくわけで。

遅かれ早かれ。長く生きればそれだけ苦しみも悲しみも多くなり、楽しみは薄れて、笑顔が消えていく。

どれだけ財を築いても。持ってはゆけない。人は欲深でまだまだ足りないと思ってる。

とあるラヂオ聴いていたら「毎日毎日忙しいまま死んでゆくのか?」と言った人がいました。

人の目的はなんなのか?その目的は達成したのか?達成したからどうしたのか?どうなったのか?

自分の記憶の中の満足が満ち足りたとしても、それがどうして?どうなった?

どれだけの人が伝説として名を残せたか?残すために生きるのか?生きたのか?

時々、路傍に立つ石に刻まれた。人の名を見ますが、由緒正しい立派な方だろうけど?

それがどこのどなたなのか誰も?知らない。聞けばなるほど、ご先祖様を語る人誇り高き人?

 

親が偉けりゃ子も偉い?カエルの子はカエル。馬の子は馬。トンビはタカは産めないがたまに産むらしい。

 

ところで、最近、つくづく思う事?

運動で痩せようと、歩き疲れて、腰痛になって、寝込んだら、血糖値が上がってしまっった。

疲れているのか?年なのか?はたまた病気なのか?

 

ところで今日、出がけに、持って出ようと思っていたカメラを、置いて出てしまいました。

忘れたのです。そして、携帯も忘れて出てしまいまいした。

歩き始めて、はて、どこへ行こうとしていたのか?、この方角でいいのか?

私は時々、考え事をしている時、トランス状態に入ります。

昔々私がデザイナーだった頃、夜中の徹夜仕事の時は、常にトランス状態でした。

気がついたら完成していたと言うことがよくありました。

その時は、そのプロセスを覚えていないのです。ただ、半分寝ていたと言う事も言えないことはないのですが?

その境地に入る時と入らない時とでは、出来が違うのです。

誰かが乗り移ってでも居るかのような、そんなことで危機を免れたことが何度かありました。

!納期に間に合うかどうか?まさにあの頃は綱渡りでしたから。

 

ここでも、時々昔のこと書きますが、色々と思い出します。

なのに、さっきのことや昨日のこと思い出せない?のは、完全に老化現象。

今日のように携帯を忘れるなどと言うことは。セルラー電話の時代から持ち続けて30数年忘れた事がない。

タクシーにおき忘れた事、二回ありましたが、一回はタクシー降りてすぐ気づき、電話したら運転手さんがわざわざ持ってきてくれました。もう一回は、タクシーの拾得物センターに問い合わせたら、遠くのタクシーの営業所まで取りに来て欲しいと言う事で、私は忙しい時だったので、スタッフに行かせたら、本人は来ないのかといやみ言われたそうです。

 

そう言えば、私は、落し物は全て返って来ています。

免許しょ三回。携帯三回。財布5回。ただし、この内一回は追い剥ぎに盗まれて現金は抜かれていました。

戻って来なかったのは、スケッチブック。

二十歳を過ぎた頃、私のアイディアノートのスケッチブックを電車の座席に座る時、背もたれに立てかけて、その上に座って、降りる時に、そのまま立ち上がって下車してしまったのです。

拾ったものは数々あります。先日のギターは最高の拾い物でした。

小学2年の時に同級生のヒロちゃんと、一緒に100円札を拾って、二人で交番へ届けに行ったのですが、その後その100円がどうなったか、知らない。ヒロちゃんに聞いてみよう。

拾い物の話でちょっと面白い話がありますが、また今度にします。

 

昨日友人M氏と話してたら、「あんたの行動は逐一分かる」と言われました。ブログ読んで頂いて居るのです。

まあ、なんでも書いて居るようで、まだまだ書き足らない、面白いくだらない話があるのですが、最近思う事があったのですが、私がここまでブログを延々と書き続けるのには意味があるのではと思うようになったのです。まあ、少なからず、ここへご訪問いただく方々がおられるからと言うこともあるのですが。

大体、若くして死んでいく作家は、だいたいですが、ビアズリーは26歳沒、今すぐはビアズリーしか頭に浮かびませんが、昔思ったのです。無名の十代の素人の子が残した遺作を、親が自費出版したりした時に、その量の多さにびっくりする事がありました。プロアマ問わず、若くして亡くなった作家の作品の多さに驚く事があったのです。

その人たちは、人生で作り出す作品を短期間で仕上げてしまったから亡くなったのではと、ふと思って見渡したら、結構そう言った作家がいたのです。人間の集中力はある一定の期間に集中する、と言うのがあるのかも知れない?あくまでもこれは私の独断と偏見推論の賜物ですが、創作力学?とでも言いましょうか?短期間で大量の作品を産出した作家ほど短命だった?

ピカソみたいに長生きした人もいますが、漠然とそんな事を昔思った事がありました。

 

何か死期を感じるものがあるのかも知れない。今やらなければと言う強迫観念とでも言いましょうか?

なんの根拠もない事を書いています。まあ私のブログは一事が万事あてにはならないたわごとですから。

そのたわごとを、書き続ける意味はなんなのか。”十割そば工房むもん”も一年以上休業。次のあても定まらず、と言った状況で、無意味な事を発信し続ける、これは何なのか?そして、このエネルギー?は何なのか?本来なら、絵を描いて発表するとか、それが過去にデザイナー&イラストレーターとして、曲がりなりにも生業としていた私ですから、先日偶然出会った、大先輩のSさんも、こっそり読んでくれて居ると思うのです。「うるせえ、黙れ、お前のことは何でも知ってるんじゃ」と会話の中で言っていましたから。多分。娘さんが読んで、くれて居るとSさんは言っていますが。

私のブログは、数人以外は読んでるとは言わない。まあ私も、言って欲しくない。恥であると思って居るのですがです。

まあ数人だけ読んでいただけたらと思っていますが、検索数を見るとまあそれなりに読んで頂いて居るのかとも思うし、検索だけで中身は読まないかも知れない。

言ってみれば、コメントのしようもない内容ではあるのですが、以前にもここで書いた事がありました。

二十歳の頃、よく現実逃避で釜ヶ崎の木賃宿(一泊500円)に泊まりに行って、同じ広さの自分の部屋より広く感じる三畳一間の部屋で、一晩中ノートに頭に浮かぶ言葉を書き連ねた時期があったのですが、何の脈絡のない、ただただ頭に湧いてくる文章を書く。

今のこれがまさにそれ?。そして不安だらけの青春を書き連ねた10代。私の日記は父により、廃棄されました。

 

とにかく一番苦手な作文を、これほどむやみに書き続ける意味があるのではと、まあ比較するのもおこがましいのですが、若くして多くの作品を残したアーティストの、潜在的強迫観念が駆り立てた賜物なら、全く比べ物にもならない存在の私の中にもあるのかも知れない。死期が迫って居る?

 

それがまさに、先日顕在化した?まあ、まだ、楽観視して居るからこその、ゆとり的発言ですが。

もう一つは、昔から、よく言われます。”大きな買い物や大事をした時は気をつけろ”です。

立ち退きがなければ、それなりに岡山で”むもん”再開の予定でしたが、私の場合はたまたま立ち退きと言う憂き目にあって、移転のための今度の店の不動産探しで、やっぱり、そう言った大ごとに、取り組んだ事が、精神の撹乱?となっていると言うことも考えられます。そろそろ”十割そば工房むもん”の再開をしなければと、ちょっと焦りもあります。

あるお客さんからは、「そんな田舎に引っ込んだら、行けないではないか」とのお言葉も頂戴したのですが、まあ今まで通りの蕎麦屋は無理ですが、形を変えてまた”むもん”再開は画策しておりますので、もうとっくに”むもん”なんか忘れたと言われることは承知の無謀な商売人”むもんのオヤジ”でございますから。

残りの人生。そばと陶芸と絵と時々旅。国民年金生活者として細ボソボソ死ぬまで生きられたらと思っております。

もうすぐ68歳。そこそこ健康であればと思っていたら、今年に入ってバタバタの4ヶ月の間に、油断の激変が起きたようです。

 

まあ、それなりにとうそぶいて、最後の灯火を盛大に燃やし尽くして……花火

 

昨日

京都へ来始めて

始めて

修行僧に出会いました

「ウォ〜〜〜」

声を発しながら歩いています

ちょっとむせて咳をして

また

1、2音階上の声で

「ウォ〜〜〜〜〜〜〜〜」

発していました

宗教に興味はないのですが

こう言った修行はしてみたい

かも

 

”人間無欲になれたら一番楽かも知れない”

欲こそ発展進歩の源であり

人間度を貶める要因になっているかも知れない


またしてもラッキー!…ところが?

前々から、ギターが欲しいいと願って居たら、先日銘ある手工品のギターを拾ったと言う話を書きました。

 

そして私は、それを入れるギターケースが欲しいと思って、楽器店に見にいくと、安くても7、8千円以上します。

拾ったギターにそこまでお金かけたくないと諦めて居ました。

ところが昨日、用事で出かけて行った道すがら、大きなリサイクルショップがあったので、ちょっと寄って見ると、楽器も置いてあって、私の拾った様な手工品ギターはありませんでしたが、YAMAHAのクラシックギターでも綺麗なものは2万円以上して居ました。また、私の知らない、手工品なのかラベル見ても分からないビンテージもので、1980年代物5万円、と言うのもありました。

そうそうケースは無いか?その時まで、ケースの事は忘れていましたが、思い出して、見回して見ましたが、大きなハードケースが二本ほどありましたが、どちらもエレキ用でした。その下にヨレヨレっと丸まった状態で、黒いケースがありました。見るとアコースティックギターケース1000円のプライスが、ちょっと見た目がみすぼらしかったのですが、つまんで持ち上げて見たら、楽器店で8千円台で売っていたソフトケースとよく似た、デザインは古め。クラシックギターを持ってきて、そのケースに入れてみましたら。

バッチリピッタリ!当然新品では無いにしても、どこにもほつれや傷もなく。内側にはビロードも貼ってあって、ソフトケースなので、見た目はヨレッと折れ曲がっていますが、ギターを入れると、シャキッとして全くもって遜色なく、拾ったギターと年代的にもピッタリ?。昔から私の家に放置されていたと言っても、全く誰も疑わない?、古いギターとケースの組み合わせ、ただ一つ、その店にあったソフトケースでしたが、ピンポイントで私を待っていたと言っても過言では無い。

私のギターケースへの思いは、届いたのです。念ずれば叶うの再来です。

そして、も〜ひと〜つ!その店で見つけたもの。

私がニトリで買った、マンション用のベッドがあるのですが、そのベッドの幅が1m。それに合わせて小さな机が欲しいと、その後ニトリに数回行って、それにぴったりの机と椅子を探していたのですが、幅1m奥行き40僂里垢辰りとシンプルでおしゃれな机を見つけて、それにあった椅子も合わせて探していたのですが、値段の事も考えると、どうしても今はまあいいっか。と、諦めて、その後忘れていました。なので、今住んでいるマンションには机がなく、狭い部屋なのでサイズの問題もあって、今持っている机では大きすぎるので、運び込めない。そんなこんなでキャンプ用のテーブルを使っているのです。

 

その、店から、意気揚々と千円で手に入れたギターケースを下げて出てきた店先に、無造作に置かれた家具の中に、見覚えのある机が、少し雨つぶを被ってありました。

それはニトリの綺麗な店内で見るのとはちょっと違って、置いてある場所が場所だけに、みすぼらしく貧相に見えますが、紛れもなく、ニトリで何回も見て、思案したあの机だったのです。

値段は3500円確かこれはニトリで9000円程だったと思います。「3500円か〜あ?微妙やなあ」と思って、プライスカードをよく見ると、”イス一脚付き”と書いてあります。そして合わせ番号で見ると、横におしゃれで肘当て付きのシンプルで高級感のある椅子が置いてあります。これも見覚えがありますが、高すぎて手が出ない2万円以上(確かめないと?)はした代物。

えっこれ付いて3500円?これは買いでしょ!

ところが問題が、私の車小さい。積めない。ええええ残念。

 

レジへ行って、トラック借りられないか?聞いたら、ちょっと店と自宅マンションが遠すぎて、貸せない。との事。宅急便は?当店では手配できません。と、そっけない。商売っ気まるでなし。どうせタダ同然で拾って来たものだろうに?と疑心満杯。

で、よく見ると机は分解できる?椅子が大きいけどなんとか助手席に積める?

で、店員に来てもらって、分解してもらう様に頼んで、でも、椅子積んでみて、積めてから決めたらどうですか?それもそうやなあ。

助手席に押し込んだらなんとか入った。机は分解したら、天板のガラスは1m×40僂蚤臂翩廖G磴辰拭舛叩

店員さん、良かった〜と大喜び。

二つで3万円はする机セットを3500円でゲットした私もよかた〜と大喜び。

その後二人で分解作業。

これは、二ヶ月ほど前には展示されていた、今の商品で、今のデザイン。

机と椅子とギターケースで3500円

関西人はいかに安かったかを自慢する

ああこれにビンテージ手工品ギターが付いてますから

 

と言うわけで、私の欲しいと念じた思いは叶ったのです。

昨日の朝のテレビでは、私の星座”乙女座”は、占い的には運勢11番目だったと思います。

占いや運勢や宗教や、この類は一切信用しないのが私の心情。強いて言えば ”念ずる信仰” ???

 

ところが、ところがです。一夜明けて、このブログをここまで書いて、予約を入れていた大阪の病院へ。岡山京都行ったり来たりで、定期検診に行けてなかったので、気になっていたのですが、なんとなく、もうそろそろ行かなければと、強く思ったので、予約で満杯のところを無理を言って、間に入れてもらって、出かけたのですが、やっぱり最悪の結果でした。

先週まで二週間腰痛で寝ていて、全く動けない状況で運動不足。その上食べ物もいつのまにか適当になっていて、以前の様な食事制限を全く怠っていました。前日も、アンパン食べて、お邪魔した御宅で青豆のあんころ餅二つ、晩御飯、そして夜中にバナナ一本。

今年入っての不規則な生活続き。色々要因があると思います。

結局検診の結果は最悪、血糖値、ヘモグロビン最高値。このままだと入院してもらいます。と、言われてしまいました。

原因は重々全て分かっているので、一ヶ月で数値を下げます。

そん事で、予想はしていたのですが、そこまでとは思っていなかったので、ちょっとがっくり。

そして、先日来より一部破損した、愛用のカメラ。ニコンサービスセンターへ持って行って見てもらったら、カメラも最悪の診断。

このままでは基盤がショートしますから、応急処置で一部部品を取り外します。基盤の取り替え修理をするには2万数千円。

この故障は、このカメラの構造上の欠陥だと思います。2万数千円の修繕費をかけて、基盤をそっくり交換するか、このまま壊れるまで使い切るか。ただ2万数千円かけて修理する様な代物でもなく。まだ3年ほどしか使ってなくて、これではたまったものではないと、受付嬢に文句言って、「私もそう思います、すみません。一応その様に報告書に書いておきます」と、謝られて、同情されても、取り返しのつかない状況。

このカメラは。教えてもらった奥の手を使って、できるだけ長く、壊れるまで使ってあげよう、と、決めました。

 

と、言うわけで、物を拾って得したり、安く欲しいものを手に入れて喜んでいたら、その帳尻合わせが、最悪の血糖値。カメラご臨終寸前。私もご臨終寸前かも?。世の中上手く出来ているものだと、つくづく感心する。

ささやかな庶民のちょっとした”得した感”までも、何かと差し替えで奪い取ろうとする。ああ無情なり。

 

まあとにかく念じよう。これは、ポジティブに念じて。悪いことは知らぬふりして切りぬけよう!

そんなの関係ねえ!そんなの関係ねえ!と言うことで。

でも思うのですが、老いというのは、ちょっとした油断が、こんな事になろうとは。キワキワで生きてる感じがします。

 

さっき、立ち退きの話で、以前自転車事故で骨折したと聞いていた、国交省の担当から電話があったので、骨折はどうですかとお見舞いを言って、私が、糖尿病で死ぬかも知れんからと言ったら、彼は笑って、「笑ってすみません」と、言われました。

お互いの怪我と病気を笑っているうちは、まあ平和でしょう。

 

まあそんな事で、自分で食事制限できない今の不規則な生活状況では、薬に頼るしかないので、運動と薬で血糖値さげなければなりません。そして念じつつ。

来月の結果をお楽しみに〜。その如何によっては私の寿命に関わります。

 

最近の得した分と、我が身とカメラの壊れてお釈迦寸前の分を差し引いたら?

 

ギター+ギターケース+机+高級椅子ーカメラー血糖値高騰=小市民のささやかな幸せは、所詮、何かの代償でチャラ。ああ無情。

 

こんな事で刺し違えて死ぬのはまっぴら御免!と言う事で、死ぬまで生きるぞ〜!


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