東京3

小平市の息子の家から歩いて、一橋学園駅まで、感覚15分から20分?  正確には⒈4キロ18分と書いてあります。

自宅から駅まで、18分〜22分。この界隈で、住んでいる人たち、長年住んで、あまりその時間を意識して居ないようです。東京はどこも東京です。

嫁のSちゃんに、駅までの時間を確認したら、私の感覚より半分の時間と認識しているようです。

日頃は自転車を使うからでしょうか?

そして私は旅人、時間的観念は無いから、全く時間に無頓着、時間を計ることもなく、結構歩くなあと思うだけ。生活に何の目的もないので、何処へ行くにも、たっぷり余裕を持って行動するから、時間を全く考えない。

東京最終日前日は土曜日。当日は夕方から、東京八重洲でBさんKさんと待ち合わせ。昼間は嫁のSちゃんの仕事が休みなので、KANTAと三人で公園に行く事に。電車に乗ってどの位だったか、これも時間的認識は無い。何処へ行くのかお任せで、ただ連れられて行くだけですから。

その日は風が強く、電車の架線に飛んで来たビニールが巻き付いたとかで、かなり時間遅れ、これも全く気になりならず。前の若作りの女性がメールしている。ガラ系で、かなり文字が大きいので、つい読んでしまったのですが、この女性は、何かの先生の奥さんが亡くなって、お通夜に行くと言うメールを送っていました。

我々の行く目的駅までは、電車がありますが、その女性の目的駅までは、例のビールの取り除きが難航して、電車がストップ、困った様子で、Sちゃんに目的地にはどう行ったらいいか?不安そうに尋ねて居ます。

Sちゃんは親切にあれこれネットで調べて、一緒に考えて居ました。

その電車に乗り換える前の電車も、踏切で渡り切れなかった歩行者の為に、電車が遅れているとのアナウンスでした。

風が吹くと電車が遅れる。開かずの踏み切りは人が渡り切れ無い。さすがお江戸と、のんびり待つ。江戸っ子は気が短えんだ!と言いますが、その辺りに住んでるのはほとんどが、地方出身者のベッドタウン。

そんなこんなで、遊園地。大きな公園です。大阪にこんな公園があるだろうか?と思うほどの広さと、入園料は400円。見たことの無い遊具があって、一日中遊んでも遊び切れないほどの広さ、退屈しない広場?

初めて見た遊具は、地上に膨らんだ凹凸のあるかなり大きな風船! 

地上に膨らんでいて、子供たちがその上に乗って飛び跳ねたり走ったり、転んでも、痛く無い。怪我しない。かなりの広さで、年齢別にその風船の山は分かれています。幼児や障害者向けもあります。トータルの長さは、50メートルはあると思われる。風船の凸凹山です。

これには、KANTAも飽きずに、飛び跳ねたり走ったり、風船の上なので怪我もしない。大阪にもこんなの有るのだろうか?これは大人も面白い。

池では三人でペダル付きボートに乗りました。これがしんどかった。強風のせいか?こいでもこいでも進まないから、余計に疲れる。

私たちのボートに鴨が二羽ずっとついてくるのが可愛い。海でイルカが船に着いてくる様に。これにはKANTA隊長も大喜び。

ガウディを思わせる石のオブジェは、KANTA隊長の冒険クライミングの世界。これがまた、大人が見ても見応えのあるアート作品。どれも大人も楽しめる、非常にグレードの高い遊具たちでした。

やっぱり行って見ないと分からない世界があるものだと改めて思いました。

私は夕方から待ち合わせ。Sちゃんは保育園のママ友と新年会で、その公園を早めに切り上げて、出ました。KANTA隊長は、充分遊び疲れて、隊長放棄でおんぶ抱っことダダコネ虫。3時間程でしたが丁度いい切り上げでした。その公園は自転車も持ち込めて、自転車専用道もあるのです。また行って、私も風船山で遊びたい。

私はそのまま電車に乗って八重洲に向かいました。

 


東京2

池袋駅を降りて、とあるビルにある会社。

ここが今回上京した一番の目的地。

ここで全ての手続きをして、長年抱えていた。人生最後の負のお荷物を払拭した。そんな思いの記念すべき日となりました。

多少の損失も、この先の煩わしさから解放されると思うと、身も心も軽やか。

今年に入って、そう言った負の部分が綺麗に洗い流された感じで、本当にめでたい幸先を感じずには居られない思いです。

 

つつがなく無事最後の取引も終わり、池袋に居る友人T氏に会いに行きました。この度東京に来て、昨日は一人での行動でしたが、全く迷う事なく、目的地に。

スマホの歩きナビがおおいに役に立ちます。

この文明の利器は改めてすごい。

今の新人類は、この文明の利器を当たり前と思っていると思いますが、私のような昭和生まれには、その価値が、昔と比較できるだけに、その有用性は驚異の思いなのです。昔、こんなのがあったらと思う、夢の実現なのですから。

まあ、そんなこんなで、迷子にもならず、友人とに待ち合わせの喫茶店に到着。

「いやあ、お久しぶり」

「よう来たのう、われ」

とは言いませんが、そんな感じの友人T氏。20代の頃からの飲み仲間です。

まあ彼の話はデカイ。

今彼が手がけているのは、ハリウッド映画の原作。彼の書いた作品が採用されて、その映画会社との打ち合わせで、ハリウッドから人が来ると言う事で、前日の約束が昨日に変更になったのです。ところがトランプ大統領就任式の映画取材でキャンセルになった。などの話。そして彼の原作の英文翻訳で翻訳料が50万円かかって、金が無くなったと言う、大きな話から?小さな話、今月は、5000円で過ごさなければならない。と言う侘しい話まで、全てT氏なのです。

そんなこんなで、その席の料金は私が持たせていただきました。

ところで、その喫茶店が、良い感じの店で、池袋のひと駅離れた所にこんな庭のある古民家がと言った感じの建物。その界隈の地主の様ですが、500坪は優にありそうな庭の離れに喫茶店がありました。

40代の女性が二人で切り盛りです。

密集した住宅街の中の、まさに、都会のオアシス。ゆったりと寛げる、本当に良い感じの喫茶店でした。ビールは地ビールのみで800円、ランチは山と海の幸で、私は、海に幸定食。新鮮な海産丼定食1200円、コクのある濃いコーヒー500円。深煎りと浅煎りの二杯頂きました。T氏は、アップルパイ。我々とママさんたち四人で、T氏の豪快な話のケムに巻かれながら、出て来る出て来るT氏の芸能人との交友話。昔話題のあの芸能人達の真相裏話に、一同へーっと、そうだったんや〜と、盛り上がりました。そして、あの?芸能人の下ネタ話やら、ホンマかいなと言う話まで、芸能通のT氏の人脈話は面白い。NASAからハリウッドまで飛びますから。

彼の原作の映画化は15年先らしい。

その時の印税はすごい事になるらしい。既にハリウッドから来た映画会社との契約は、弁護士や銀行員が来日で済んでいるとの事。その印税の受取人は娘や彼女との事。15年先じゃあ、私と同じ歳では、82歳。その時は、一度死にかけた本人はもう死んでるかも知れない。私も早くその映画を観たいのですが、私も危うい。その映画を確認出来ないかも知れない。

15年先の数億の印税より、今月あと10日5000円の極貧生活を何とか乗り越えなければならないT氏なのです。

その中間金で1億円?がもらえる話もあったので、安心?です。

 

昨夜は息子夫婦が住んでる街の、近所に住む亡くなった妻の兄弟達のセッティングで、食事会。まあ、私なんかは、妻亡き後、所詮は赤の他人ですから。妻の若死には私のせいと思われている向きもあって、その言われなき雰囲気は当時から感じる私でございます。子供や孫は血の繋がりがございますから。まあ、末長くお世話になり、お付き合いして居ただければ、私としては、この上なき、有難き事。

これからも、息子や娘や孫達を宜しくと言った気持ちでございます。

親として充分な事もしてやれないけど、亡き妻の兄弟から愛されて居てほしいと願う。放蕩親父でございます。

 

今日はディズニーリゾートの副社長B氏と、久しぶりに一献傾けてまいります。

 

ところで、初日に会う事になって居た先輩。約50年前のデザイナー時代の先輩ですが、あいにく、当日風邪のために、会うことができませんでした。それで、息子が仕事を休んで、孫と三人でスカイツリー観光とあいなったと言うことでした。

 


東京1

東京へ突進⁈

さてこの度、東京へやってまいりました。

かれこれ十数年ぶりの上京です。

 

まずは、人生最後の取引?  契約書類に調印の為に来たのです。わざわざ来る事はなかったのですが、先日、ふと気が付いたら、昨年一年間の大移動騒動が一段落して、片付ける案件は後ひとつ、それで大きな断捨離が終了ということで、そうだ孫に会いに行こうと言うことで急遽上京。

 

岡山を夜中の2時に車で出て、深夜料金の高速で京都に4時到着。これは今までで最速。何しろ軽四ですから、それはそれで料金も安い2300円。

何時もは倹約コースで110  210  930で合計1250円。ところがこのコースは、下手をすると5時間以上掛かる。約3時間の運転労働で1000円の稼ぎ?です。

収入の無い今は、いかに出ゼニを減らすか、ゼロ所得?所持金を減らさない為に、人頼みをやめて全て、自分でできる事は自分でやる。時間はたっぷりありますから、労を惜しまない。

 

といことで、不動産屋の息子の休み水曜日に合わせて、大急ぎで準備で飛び出したのです。

 

さて東京と言う響くは、どうも田舎者には一種独特の響きがあります。

大阪も都会ではありますが、やっぱり何かが違う?気がします。

 

東京駅に到着すると、息子と孫のKANTAが出迎えてくれました。

高速で1時間ちょっとのところの東京の端っこ。でも東京は広い。それだけ走っても山が見えない。都心から西なので、富士山が見えます。ここに来てずっと霞でかろうじて白やグレーのシルエットで富士山が見えます。カメラではちょっと収められないのでアップできません。

さて、昨日は孫と行って来ました。

東京へ来たらここでしょ!

スカイツリーです。350メートル。そしてもっと上の展望回廊へ450メートル。

私の人生で今まで一番高いところは、あのニューヨークのツインタワーでした。400メートル。この度450メートルと言うことで、人生高所記録更新?

 


物件探し(2)出会い

正月も終わり、仕事初めの頃。

三日に行った村に、また足を運びました。

そして、仕事始めのネットの不動産屋に連絡して、目を付けていた二軒の物件を見せてもらう事に。

それまで、いろいろな地を走り廻ってはいましたが、具体的に不動産屋に連絡をして、物件を見るのはそれが始めてだったのです。

そして、下見をしていた一軒目。

実はこの駅近の一軒は、三日にこの界隈を走り廻っていて、ネットで見つけたこの物件を見つけたのです。

その家の庭先まで入り込んだら、洗濯物が干してありました。あれ?人が住んでる?その売り物件にはまだ住人が居たのです。

と、その時、玄関辺りまで近づいたところで、玄関がガラッと開いて、おじさんが出てきました。

「あ、あの、ここもう売れたんですか?」

「いや、売れんよ。まだ私らが住んどる」

「ああ、そうなんですか?ちょっと見に来たんですけど」

「それやったら、不動産屋を通してもらわんと」

「はあ、でも良いところですねえ!綺麗な家だし、ここは長いんですか?」

「ああ、12年前に、福井からここに移り住んだんや」

「へえ、そうなんですか、それでまた、何でこの家を売るのですか?」

と、づけづけいきなり質問

「もう歳だし……」

「お幾つですか?」

「74歳」

「いやあ、まだ若いですやん、ところでこの蔵はどんなんですか」

「物置や」

「この村の人間関係は?」

「何も問題無いよ」

そんな事で、不動産屋に連絡する前に住人と接触していたのです。

 

そして、ちゃんと家を見せてもらいたいと思い、不動産屋に連絡。待ち合わせの駅へ。

以前書きましたが、私はその当日迄、孫の子守りで大阪に居たので、電車でその村まで行きました。

大阪の最寄り駅から電車に乗って、その線は数十年ぶりに乗る線の電車。

現地までどれだけの時間が掛かるか、全く分かりません。

兎に角早めに乗って、目的地に向かいました。終点迄乗って、ローカル線に乗り換えです。

約束の時間が迫っていますが、そのローカル線は1時間に一本しか電車がありません。

乗って来た電車がタイミングが良ければ、ここのローカル線との連絡は良いみたいなのですが、私はダイヤを確認しないで、適当に電車に乗ったので、連絡が悪く待ち時間が長かったのです。

やっと、二両連結のワンマン電車が到着。それに乗り込んで、目的地に向かいました。

行き当たりばったりで電車に乗っにも関わらず、まさに奇蹟の様に、約束の時間午後一時きっかり。その駅に到着。

一つ間違えば、一時間遅れとなるところでした。これも縁。この縁の連鎖が、ますますこの家との縁を感じたのです。

それから、大阪で電車に乗る時にプリペードカードのICOCAで乗車したら、ローカル線の無人駅にはその機械が無い。

ワンマン電車の運転手に、一筆書いてもらって料金後払い。

 

家はこの駅から歩いて6分の所にあります。

既に駅前には、不動産屋の車が待機していました。

この、不動産屋との出会いの瞬間も、どんな人物か緊張の一瞬です。

「やあ、どうもどうも、遅れるかもと思いました」

「お待ちしていました」と、2人の男性が車から出てきました。

地元の不動産屋さんとネットの不動産屋さんでした。

さっそく、車に乗り込んで、目的地に。車で一分ほどです。

目当ての家に着くと、先日偶然出会った家の主のおじさんが、ニコやかに出迎えてくれました。

「いあやあ、先日は突然失礼しました。今日は宜しくお願いします」

「いやいや、よく来てくれました」

当日は晴天。家の縁側は南向き。真南にこの家は向いているのです。

そして、広い庭からは、その村が見渡せる高台です。

近隣の家は程よく離れて、孤立感のある佇まい。これは第一の理想です。

北側はまばらな杉と雑木の林。東は雑木と畑。西は雑木と高い段差で下の家の庭。

そして、家の中へ招かれると、広い土間の玄関。

この家は、90年前の古民家です。先住者はここをフルリホームして12年前から住んで居られると言う事でした。

そこを、分けあってこの家を売るとの事。

中に入ると、上品そうな奥さんが迎えてくれました。

聞いて、ビックリ。その奥さんは83歳。ええお若い。ツヤツヤ。

そして、ジャズ好きでキッチンイの壁には大きなスピーカーが。このスピーカーから大音量でジャズ鑑賞と言う事でした。しかし、この家は、その音が外に漏れない。との事でした。

親戚の子供が来て、エレキをガンガンかき鳴らしても外には漏れない。へえええ。

そして、手作りの干し柿を柚子漬けにした。手作りのお菓子を振る舞ってくれました。

その家をなぜ手放す事になったのかも、聞かせてもらいました。

この家がご夫婦に愛されていた事は、隅々を見て、それが分かる気がしました。

 

その日は、家の中を色々な所を見せてもらって、次の物件に行きました。

その物件は、さっきの家に比べたら、もう、トンでもなく空き家で、トイレも無い。周りは山と森に囲まれた、閉塞感のある建物でした。そのかわりさっきの家より、土地も広くその上半額以下。かなり手をかけないと住めない。

これも古民家ですが、家の躯体や作りが、さっき見た家より全く劣るモノでした。

土地は広いのですが、どうも気が進まない。心が冷える思いでした。

そこで、東京の息子に電話。

息子はまだ経験二年そこそこの不動産屋の新米営業マン。しかし、彼は凄い。昨年の夏のボーナスがなんと?………万円の、実績優秀営業マンなのです。「自分でもビックリしたけど」と、言って、教えてくれた金額。

私はビックリと同時に、安心とほっとした思いでした。

息子が不動産屋に就職したと聞いて、えええっと思ったのです。それで私が言ったのは。

「不動産屋くらい胡散臭い奴はいない。お前は絶対に正直な不動産屋になれ」

まあ、私の偏見甚だしい言い分ですが、過去の経験からそう思っていたのです。

「目先の儲けは考えるな、信用を売れ、必ず将来全て返って来るから」

私は、結果は後からついて来る。これが心情で生きて来たのです。

そして「稼いだ金は無闇に使うな」です。お金を使うと人は寄って来る。そして、気が付かないうちに驕りが心を支配する。

小さなお金を使うのではなく。何か行動を起こす時に、大きくお金は利用する。そしてお金は綺麗に使う。

これは、私のお金に対しての人生訓でした。

 

そんなこんなで、息子はネットで二つの物件を見て、いろいろアドバイスをくれました。

まあ、私の気持ちは決まっていましたが、客観的な目でも見て欲しかったのです。

ベテラン?営業マンの息子は、駅近物件は、押さえて置いて良い物件と太鼓判を押してくれました。

そして、今度は、娘婿に電話をして、私の気に入った物件を見て欲しいと頼みました。

これがまた、この娘婿は優秀な一級建築士なのです。まさに建物のプロ。ちょうど翌日が日曜日だったので、二つ返事でオッケー。

その日は、とりあえず手付金を。しかし、まさかそんな展開になるとは思いませんから、持ち合わせが無い。

それで最寄りの郵便局へ、ところが閉まってる。コンビニも無い。

次の日に、千葉県からピンポイントで駅近の家を見に来ると言うので、押さえておかなければ、また先を超される。

この家は、今年に入って問い合わせが何件かあったと言う事でした。

「またまた〜僕を焦らせようとしてるやろ?」と、疑い深い私。「いやいや本当です」と不動産屋。

そこで私が「不動産屋くらい胡散臭い奴はおらんからなあ」と、息子に言っているンやと、言うと。

息子と同じくらいの年頃の2人の不動産屋さん、顔を見あわせて苦笑い。

「いやいや、もう、そんな時代ではないですよ、今はネットで監視されていますから」

「そう?分かった!」

その2人は、出会った時から、私は確信していました。信用出来る。と。

地元の不動産屋さんはその村で生れ育ったと言う事で、その辺りの事は実に詳しい人でした。

ひとつ尋ねたら。いっぱい情報をくれました。

 

とりあえず、有り合わせのお金を全部、手付けで払いましたら、まさに無一文の無文のオヤジ。

「これ払ったら、電車賃も無くなるけど」と言ったら、送りますと言ってくれました。

無一文の私は、京都の隠遁?部屋まで送ってもらいました。

 

と言う事で、翌日娘婿と、最寄り駅で待ち合わせて一緒おに家を見に行きました。

当日は、前日と打って変わって土砂降りの大雨。

 

一級建築士の娘婿は、その家を人目惚れ。自分が欲しいと言う程の惚れ込み様。

始めて出会った時の印象が、間違いなかった事を確信して、私はこの家に決めようと思ったのです。

そしてまた、その日は奥さん手作りの温かい生姜湯を頂きました。

いろいろ、お話をうかがっていると、ジャズ好きなハイカラおばあちゃんである事は前回書きましたが、この奥さんは、語り部でもあるそうで、いろんな所で昔話を語っているそうです。今は高校生などにもその指導をしているとかで、しゃきしゃき元気。茶畑を借りていて、お茶や、紅茶まで手作りしているとか。

そんな事で、74歳のご主人より83歳の奥さんの方がお元気!

6月の茶摘みが終わるまで、そこに居たいとの事で、私の引越はそれからの事になりました。

そして、その契約日には、大雪。今シーズン初の積雪の中滑らない様に、そろりそろり不動産屋へ向かいました。

この家に出会ったのが正月三日。その後三回の内見で決めたのです。

出会いと言うものはそう言うもの。縁は異なもの味なもの。

晴天。土砂降りの雨。大雪。そして大安。この流れに、なんとなくこの家との出会いの縁を深く感じるのです。

縁起をかつがない私ですが、何故か後で思うと結果的に縁起が良い?

出会いの三日もそして内見した日も天下太平、日本晴れでした。

次の日は雨降って地固まる土砂降りです。

契約日は純白の初積雪。雪化粧でめでたい?まあこじ付けですが。そして大安。

今迄の肩の荷が一気に軽くなった。便秘も治った。

 

さて、ここが何処かは、これから徐々に発表して行きます。

私の周りの友人達に話しただけで、大絶賛。興味津々。かなりの好感度な反応を示してくれました。

 

いやああ、長い道のりでした。いよいよ本当に”終の住処”です。

絶対に妥協はしたくなかった。腸不全?に陥る程、試行錯誤し奔走したその結果の答えは、100%の完璧理想形であり、あらゆる可能性を秘めた家に遭遇したと言う事です。

今のアトリエも理想の場所でした。ここを探した時も、数ヶ月かかりました。

今回の立ち退き騒動は、この歳で、やっと終の住処となる、このアトリエに落ち着けると思っていたので、私の人生の根幹を揺るがす程の出来事だったのです。そしてこのアトリエは購入した当時から、終の住処となるとの思いで、私が先に死ぬ事を考え、亡くなった妻の名義にしていたのです。

この気に入っている場所から、移転を強いられる事は、私にとって苦渋の思い。このアトリエよりもっと良い所でないと、悲し過ぎる。そんな思いで、家探しをしたのです。なんでこんなしんどい思いをさせられるのかと…

でも、やっと、それを越える出会いがあった事は、終わりよければ全て良し。と言う事で新春早々縁起のいい出会いでした。

 

途端に、便秘が治った事は、何をか言わんや、精神と身体は人間が意識無意識関係無く影響している事実を証明したと確信。

これからは、こころ穏やかに、ストレスを作らない様に生きられる事を祈りたい。

と言う事で、今迄は本当にストレスも無く生きて来られたと言う事だったのですが、今までは若さがあった。

元々、人よりストレスに無頓着鈍感と言う事もありますが、やっぱり歳ですか?

これからは、ますますシンプルに呑気に生きていこうと思います。

そば、陶芸、絵。これから具体的にいろいろ考えて、もの作りに励みたいと思います。

 

また、この家の話は続けてお話したいと思います。日本昔話の様な家です。

そして、6月迄はその家に遊びにお邪魔する事も約束しているので、たびたび伺いたいと思っています。

契約日に、売り主の奥さんから託されたと言う事で、野菜をいっぱいもらいました。

畑にぬかごがあったのを見つけて「ジネンジョも栽培しているのですか」と、私が言ったので、そのジネンジョもその中に入っていて感激しました。その大きさはかなりの年月を経た代物と思われます。ありがとうございましたと留守電に。

 

不動産屋さんの言う事には、もう一つ奥さんから私に、サプライズがあるとかで、6月が楽しみです。

喫茶店のご夫婦と言い、たった二回しか会って居ないのに、温かい人達との出会いで、本年は幸先の良い年明けとなりました。


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